デノン創業110周年記念コンテンツ 10 AVアンプAVC-A110開発者 高橋佑規、サウンドマスター 山内慎一インタビュー
デノンは2020年10月1日に創業110周年を迎えました。今回はデノン創立110周年記念モデルのAVレシーバー「AVC-A110」について、開発担当の高橋佑規とデノンサウンドマスター山内慎一に話を聞きました。(※本インタビューは一部リモートで行われました)
GPD エンジニアリング デノン サウンドマスター 山内慎一(左)
GPD プロダクトエンジニアリング サウンドマスター 高橋佑規(右・画面内)
AVC-A110のテーマ「深淵(Abyss)」は製品デザインから生まれた
●デノン創立110周年記念モデルとしてAVアンプAVC-A110が発売されました。今回の110周年モデルで、フラッグシップモデルをベースにしたのはこれだけですね。どうしてでしょうか。
GPD プロダクトエンジニアリング サウンドマスター 高橋佑規(開発拠点の白河オーディオワークスよりリモート参加)
高橋:AVC-X8500Hは発売して2年ほど経ちますが、依然として市場で高い評価をいただいています。この企画が立ちあがったとき、先にデザインのアイデアが仕上がっていて、それは外観だけでなくトップカバーを開けた内装も黒で統一されているという非常にコンセプチュアルなものでした。パネル内の漆黒を見ているうちに自分の中で作りたい音のイメージが湧いてきました。それは音の深さ、表現力の深さ、といったものでした。
AVC-A110
●「音の深さ」「表現力の深さ」とはどういうことですか。
高橋:内部の「漆黒」を見たとき、映画の持っている奥深く底知れない部分の表現、いわば「深淵(Abyss)」に挑戦したいと思いました。AVC-X8500Hのサウンドはデノンのサウンドフィロフィーである「Vivid & Spacious」を体現しているわけですが、その先の世界にチャレンジしようと考えました。
●その「深淵(Abyss)」とは、具体的にはどんな音でしょうか。
高橋:底知れなさ、ディープ・アンド・ボトムレス、イメージで言えば深海の奥、宇宙の暗闇の果てしない領域。音楽再生であれば、コンサートホールやライブハウスなどでの演奏の再現を目指しますから、ある意味で具体的な音場の表現ですが、映画の音表現は、宇宙のシーン、深海のシーン、そして人間の想像を超える果てしない世界の表現が必要とされることもあります。クリストファー・ノーラン監督の映画『インター・ステラー』の、あの時空を超えて行くシーンのイメージや、ジェームズ・キャメロン監督の『アビス』という映画の、深海の奥深く、先が見えない世界を描いている映画のイメージ。それを深淵という言葉で表現しました。
山内:確かに音楽は具体的な楽器や旋律などによって表現することが多いと思いますが、映画の音響はより抽象性が高い、象徴的な音を描く力が必要です。映画における音楽以外の音は、エフェクト、効果音、破裂音、あとは本当は音がないシーンを描いているのですが、何かしらの音がバックグラウンドで鳴ることで静けさを表現することもあります。そのように映画の音には音楽とは違う音表現があると思います。一方 「Vivid & Spacious」においても効果音のプレゼンスや移動感というものは重要な要素としていつも音作りしていますので、まさに ”深淵” はその延長線上にあると共感できます。
●AVアンプで「深淵」を実現するためには、何が必要になるのでしょうか。
高橋:深淵を実現するためには、
- 低域の高い解像度
- ハイスピードサウンド
- 高い機構安定度
- 高い放熱安定度
この4つの要素が必要です。
高橋:ただしこれらの要素は特にAVC-A110で必要とされたということではなく、私が常日頃AVアンプを設計する上で大切にしている4つでもあります。つまり基本を一つ一つ丁寧に磨き上げることで「深淵」が実現できると考えました。AVC-A110はAVC-X8500Hがベースモデルですが、そこに新しいアイデアを加えたというより、コストの制約や時間の関係で実現できなかったことや、今まで温めていたアイデアを掘り起こすことから開発をスタートしました。またAVC-X8500H発売後に開発したパーツの採用も併せて検討しました。
低域の解像度を向上させるためカスタムコンデンサーを新規開発
●「低域の解像度」が挙げられていますが、「深淵」には、低域の再生能力が重要なのでしょうか。
高橋:デノンのAVアンプの音のイメージは「エネルギッシュ」、「低域がしっかりしている」などですが、AVC-A110が目指す「深淵」の低域においては、今までよりもさら深い表現力、膨大な情報量が必要であると考えました。
山内:Hi-Fiでも同じことが言えますね。単に量を増やして低域を拡張する、エンハンスするのではなく、全部の帯域を突き詰めていくとおのずと低域の分解能、解像度が上がってくる。その結果、音の本当のエネルギーが見えてくる、ということはあると思います。
●低域の解像度を上げるにはどんな方法があるのでしょうか。
高橋:もちろんアンプの基本設計が重要であることは言うまでもありませんが、ベースがしっかりとしたフラグシップモデルのチューニングとなりますとパーツの選定が非常に大切であり、その中でも特にパワーアンプの電源を構成するコンデンサーが重要であると考えています。いつも新製品発表などでは「今回はカスタムコンデンサーを新規開発しました」と一言で済ませてしまうことが多いので、今回はちょっとカスタムコンデンサーの開発についてお話ししたいと思います。
スピーカーを駆動する電流は全て電解コンデンサーから供給されるわけですから、特に低域において電解コンデンサーは表現力のキーとなるパーツです。構成される部材の素材や構造で特性や音質が大きく変化します。
AVC-A110のために新規開発したカスタムコンデンサーでは、たとえば電解紙、これはコンデンサー内部の電極を絶縁するためのものですが、これを最新のクラフト紙などではなく、あえて昔ながらのマニラ麻を採用しています。それによって温かみのある少しヴィンテージライクなサウンドが出せます。また通常はコンデンサーの内部にペースト状の固定材を使いますが、固定材を入れ電解紙や電極箔を抑えすぎることで音が細くなったり低域が出なくなったりする傾向がありますので、従来モデルの時から固定材なしで強度が保てる構造としています。
高橋:それに加えて陰極箔の引き張り強度や電解紙の巻きテンションも今までより緩くしています。これによってサウンドのキャラクターがさらに低域寄りになります。その辺りは、おそらく山内さんも同じような手法を使ってらっしゃるのではないでしょうか。
GPD エンジニアリング デノン サウンドマスター 山内慎一
山内:そうですね。カスタムコンデンサーではこの辺を、いろいろ調整して緩くするという手法はやります。私もどちらかと言うと、緩くする方向にリクエストするケースが多いです。
高橋:緩めると低域の量は出やすくなりますね。ただ最終的には、しっかりとした締まった低域にしたいので、今回は機構的な構造にもメスを入れて、そちらで低音をタイトにすることでサウンドのバランスを取っています。
いずれにしてもカスタムコンデンサーについては最終的に落ち着くまでには10種類は作りました。本当に一つ一つの材料や工程の違いが音質に影響するのですね…最終的には陰極箔の引き張り強度と電解紙の巻きテンションの変更に留まりましたが、決して昔ながらの材料に固執しているというわけではありません。実際には様々な最新の材料も試し、最終的にこの仕様に戻ってきたというところです。
「深淵(Abyss)」を実現するために投入された技術
●AVC-A110の放熱に関してはどんな工夫がされているのでしょうか。
高橋:AVC-A110では放熱のために純銅材を多く採用しています。銅は熱伝導率が高く柔軟性があって放熱も音質にも非常にいい素材です。例えば純銅材のプレートをトランスの下に置くとクッションの役割も果たすので不要な振動を吸収してくれます。また半導体の放熱に使用すると高い熱伝導率により急激な温度上昇を抑制できると同時に、急激な電流の変化に起因する共振を抑えることができ、音質改善が期待できます。ただしコストはアルミとは比較にならないぐらい高価です。
もともとAVC-X8500Hではヒートシンクとラジエーターの間で銅を採用していましたが、今回パーツを新たに3つ追加しました。パワーアンプの整流回路の整流ダイオードの放熱と、アナログの電源、DACの電源の放熱の部品として採用しています。
●ヒートシンクは素材が変わると音が変わるのですか。
山内:変わりますね。単にメカニカルパーツというだけでなく電気的にも強く関連しますので。
●「低インピーダンス化」は、音質面でどんなメリットがあるのでしょうか。
高橋:インピーダンスが低いということは即ち、信号ラインや電流が流れる経路の抵抗値が少ないので反応が良いサウンド、つまりハイスピードなサウンドになります。一番効くところがスピーカー端子からパワーアンプの電解コンデンサーまでの間なのですが、スピーカーをドライブした電流が、最終的にはこのコンデンサーに戻ってきます。この経路のインピーダンスは低ければ低いほど良いです。インピーダンスを下げるために、その経路の基板の箔厚を厚くしました。AVC-A110では電源回路、パワーアンプ等、電流が多く流れる基板に関して銅箔厚を通常の2倍厚の70um(ミクロン)として低インピーダンス化を実現しています。また、低インピーダンス化という意味ではパワーアンプに使われる信号ラインの抵抗値を下げるというようなチューニングも併せて実施しています。
●これはAVアンプとしては初めてのトライですか。
高橋:AVアンプとしては私が知る限り初ですね。またハイスピードなサウンドを実現するためにはパーツの設定も効いてきますAVC-A110の電気部品総点数は5510点ですが、ベースモデルのAVC-X8500Hから変更したのは258点あります。例えば最近他の機種で採用した新しいポリプロピレン製フィルムコンデンサーの外装に柔らかい樹脂の特注素材を採用してハイスピードかつ芳醇な響きを実現しています。更にパワーアンプに使用したコイルには、こちらも柔らかい樹脂材にて含浸処理を施して余計な共振を抑えています。
●パーツの柔らかさまで音に関係してくるのですか。
高橋:関係すると思います。信号が流れる経路に使用している部品は、その信号の周波数で部品一つひとつが振動しますので、その不要な振動をうまくコントロールすることで音質のチューニングが可能です。外装が硬いか柔らかいかが出てくる音に影響しますが、無理に抑え込もうとすると過度に抑制された音になることもあり難しいところでもあります。その素材が持つ特性をうまく利用して情報量を最大限引き出してやることがポイントです。
●「高い機構安定度」についてはどうでしょうか。
高橋:今回、音の重心を極限まで落としてかつ、しっかりと引き締まった低域を実現するためにフットを変えています。フットに関してはアルミやジュラルミンなど、さまざまな素材を試聴室で試しましたが、深淵というキーワードでチューニングしていくと、先ほどのコンデンサーのチューニングの話と併せてさらに低音をタイトに引き締める必要があり、そのためにはフットの重量が必要であるという結論に至りました。最終的に重量がある鋳鉄のフットを選択しています。鋳鉄製のフットはAVC-A1HD以来ですから、13年ぶりの採用となります。
破裂音や爆発音の中に表情があり、静寂なアンビエンス音がナチュラル
●今回AVC-A110で高橋さんは「深淵(Abyss)」というコンセプトを提唱したわけですが、これはデノンのサウンドフィロソフィー「Vivid & Spacious」とはどういう関係になるのでしょうか。
高橋:「Abyss」はあくまで「Vivid & Spacious」の延長線上にあって、従来のデノンの伝統的な音質を継承しつつ、さらに下に伸びる低域や高域質感を改善するなど表現力もしっかり大事にしたサウンドだと考えています。伝統的なデノンサウンドは質実剛健というイメージでしたが、今回の深淵「Abyss」サウンドは「Vivid & Spacious」をベースにすることで、より高い次元での表現力を実現できたと思います。
●「深淵(Abyss)」は今後も進化するのでしょうか。
高橋:「深淵(Abyss)」はAVC-A110のためのスペシャルなキーワードなので、おそらく他のモデルには使われないと思います。マーケティング部門の言葉をお借りすれば、PMA-SX1 LIMITEDが山内スペシャルであったとすれば、あくまでAVC-A110は高橋スペシャルといった位置づけです。
●山内さんとしては、AVC-A110はどんな音に仕上がったと思いますか。
山内:私はプレス発表会や試聴会の準備などでAVアンプの下のクラスから聴き比べをすることがありますが、AVC-A110には全て備わっていると感じます。さらにラインアップを超えて、高橋が込めた想い、そのスペシャル感、これにしか出せないものを色濃く感じます。完成度の高さというところは凄いものがあります。特に高橋が重視した低音についても非常にナチュラルだなと感じました。映画の音響には爆発音や地鳴りのように、通常の音楽ソースにはない派手な音がありますが、ナチュラルで透明なので破裂音の中の表情とか、音の抜け方とかそういったところがよく聞こえてきますし、サウンドエフェクトや音響効果で使われる音源の動きも滑らかです。あとはアンビエンス音、静寂の中の自然音もとてもリアルだと感じました。
高橋:情報量とか表現力を上げていけば上げていくほどナチュラルになるというのは、狙い通りで、私もそれは感じますね。
●AVC-A110は高橋さんとしては、自らの理想を実現できたAVアンプでしょうか。
高橋:はい。私はこのモデルを最後にAVレシーバーのサウンドマスターを卒業しますので、AVC-A110は文字通り私の集大成のモデルとなりました。開発中はコロナ禍で、会社の試聴室に満足に出勤できませんでしたし、パーツ集めもままならない状況でしたが、ステイホームということでずっと家にこもって一人の時間をこのモデルの音作りに費やすことができ、濃密な時間を過ごしました。AVアンプは映画のサウンドエフェクト、サウンドトラックの表現力が勝負ですが、最終的には音楽を聴いてもデノンの110周年を記念するのに相応しい、満足ができるものに仕上がったと自負しています。この通常ラインアップでは味わうことが出来ない深いサウンドを体感して頂ければ嬉しく思います。
●読者の皆様には、AVC-A110の深淵なサウンドを、ぜひ店頭や試聴会でお確かめください。本日はありがとうございました。
(編集部I)