
MCカートリッジ「DL-A110」平野レポート&開発アナザーストーリー

発売50年を越えるMCカートリッジの超ロングセラー「DL-103」と専用設計のヘッドシェルをセットにした「DL-A110」。デノンの創立110周年を記念して発売されたこの製品が生まれたきっかけは、開発者とその同期社員との雑談からでした。そのエピソードと使用レポートをお送りします。
デノンオフィシャルブログ編集部に、社内からDL-A110使用レポートが寄せられました。投稿してくださったのは、以前デノンオフィシャルブログの「アナログの愉しさを味わう」というエントリーでご登場いただいた平野一夫さん。DL-A110の開発者の岡芹さんと同期入社でアナログレコード愛好家でもあります。そこでデノンブログ編集部では平野さんにDL-A110についてインタビューを敢行し開発のアナザーストーリーを聞き出しました。後半には平野さんのDL-A110使用レポートを掲載しました。
デノン創立110周年記念モデル
専用ヘッドシェル付きMC型カートリッジ
DL-A110
ディーアンドエム ホールディングス
アジア・パシフィック地域CSオペレーシンズ 平野一夫
※平野さんは「アナログレコードの愉しみかた(中級編)」でも登場してもらいました。レコードプレーヤーのケーブル、マット、静電気除去、カートリッジなどについて語っていただいています。そちらもぜひご覧ください。
録音しているスタジオの空気感はアナログレコードのほうが伝わってくる気がする
●平野さん、このたびはDL-A110使用レポートの投稿、ありがとうございました。読者の方に平野さんをご紹介させてください。どんな業務を担当されているのですか。
平野:私は81年入社で、入った頃は国内営業をやって、その後海外事業部に移りました。今はアジア・パシフィック地域のCSオペレーシンズのマネージャーをしています。いわゆるアフターセールスなどですね。
●オーディオはいつごろから親しまれているのですか。
平野:本格的にオーディオを始めたのは中学生頃。ですから、もう50年近くなります。ビートルズはリアルタイムでしたが、もう解散に近い頃でしたね。いろんなメーカーのものを集めては自分でコンポーネントを組んでいました。
●当時はアナログレコードですよね。1980年代になって音源がCDに変わってからもアナログレコードは聴き続けたのですか。
平野:もちろんCDも買いましたけど、やっぱりアナログのほうが不思議といい音がするなと感じていて、ずっとアナログレコードを聴き続けています。CDは20kHz以上の高域は可聴範囲外とされてバッサリとカットされてます。一方レコードはもっと高域まで再生するので、いわゆる倍音がたくさん入っているんですよ。最近はハイレゾ音源もあるので、デジタルもだいぶレコードに近づいたとは思うけど、やっぱり音の波の感じや録音しているスタジオの空気感は、アナログのほうが伝わってくる気がします。
●今でもレコードのほうがお好きですか。
平野:そうですね。実際自分の家で聴くには、レコードの音が一番いいと思っています。私はジャズが好きなのですが、ジャズの名門、ブルーノートレーベルの1950年代後半から60年ぐらいのオリジナル盤を聴くと、ほんとうにスタジオの空気感がよく伝わってきます。当時の録音技術ってもちろん今とは比べものになりませんが、当時としてはかなりいい技術で録音していたのだと思います。
DL-A110は私が知っているDL-103よりもタイトでキレがあるサウンド
●DL-103にまつわる思い出を教えてください。
平野:日本では最も標準的なカートリッジでしょうね。私も持っています。DL-103は50年以上前からあって、今なおNHKをはじめほとんどのFM放送局でも使われていて日本人なら誰でもが耳にしている音だと思います。
音質としては非常に標準的で中庸というか真ん中の音ですね。放送用ですからロック、ジャズ、クラシック、J-POP、演歌までどんなジャンルにも対応できてクセがないニュートラルな音です。
●DL-A110はDL-103に専用のヘッドシェルをセットしたものですが、音の印象はいかがですか。
平野:最初はDL-A110としてではなく、以前デノンが放送局用に作っていたDL-103専用のシェルを借りて聴いたんですが、とても良かったですね。それまで家で聴いていたDL-103とはかなり違う音でした。
●ヘッドシェルでそんなに音が変わるのですか。
平野:全然違いますね。私のオーディオシステムではいつものDL-103よりも、ずっと音が締まって聴こえました。変に堅いわけではないですよ。いわゆるキレがよくなります。ただこれはオーディオシステムによるから、一概には言えないんですが。
●カートリッジが同じなのに、どうして音がそこまで変わるのでしょうか。
平野:レコードプレーヤーはカートリッジやヘッドシェル、さらにアームや電源などでかなり音が変わります。ですからカートリッジが同じでもヘッドシェルが変わると音が大きく変わってしまうんです。
なぜDL-103よりもDL-A110のほうが音がタイトなのかって考えてみると、これは私の想像ですが、専用シェルって、他のカートリッジは取りつけられなくて、DL-103とヘッドシェルが他の汎用ヘッドシェルよりもはるかにガッチリと一体化しているんです。この接合部で振動が逃げないので、針の振動を緻密にアームへと伝えるのではないかと思います。
それともう一つDL-A110を開発した岡芹さん。彼は私の同期なんですが、「針先に付いているものは軽ければ軽いほどレコード盤に対して追従性が高くなり忠実な音が出る」という持論を持っています。確かに普通のヘッドシェルって金属とかマグネシウムなど重いものが多いんですが、DL-A110のヘッドシェルはプラスチックで非常に軽量に仕上がっています。その軽さも緻密でタイトな音質に大きく貢献しているのではないかと思います。
●DL-103はレコードが好きなオーディオファンなら持っているカートリッジですか。
平野:そうですね。アナログオーディオ好きなら大概お持ちだと思います。
●でもDL-A110は、その方たちが聞いたことのないほど音が締まったDL-103の音が聴けるということですか。
平野:そうなんです。ですから、ぜひアナログレコードファンには試してほしいと思っています。
DL-A110の企画アイディアは雑談から生まれた?
●DL-A110は岡芹さんと平野さんの雑談から生まれた、というウワサが社内にあるんですが、本当ですか。
平野:いやいや、そんなたいそうな話ではありません。でも「110周年でアナログでなんかやりたい。何かいいネタないかな」って相談は受けました(笑)。元々のアイデアは、岡芹さんがデノンの放送局用のレコードプレイヤーのトーンアームDA-302に付いているプラスチック製のDL-103専用のヘッドシェルを持っていて「これで何かやってみたいから一回聴いてみてくれない?」と言うので、家に持って帰ってそれを聴いたのが始まりでした。
DL-A110には専用革ケースが付属する
●聴いてみていかがでしたか。
平野:それがさっきの話で、僕が普通に使っているDL-103とはだいぶ音が違って「すごくいいよね」ということになり、やろうよ、という話になりました。岡芹さんは技術屋ですから、おそらくアイデアは持っていて彼なりに手応えは感じていたんでしょうけど、他の人間が本当に面白がるかどうかを試してみたかったのかもしれません。
●それでDL-A110が製品化されたってことですね。
平野:そうです。ただ開発は大変だったと思いますよ。岡芹さんがいろんな町工場に昔のヘッドシェルを持っていって、これと同じものが作れないかと聞いて回って、やっと製品化にまでこぎ着けたというのが、DL-A110開発の裏ストーリーです。
そして彼が一生懸命作ったDL-A110を聴いてみて、非常にいい音がすると思いましたので、レポートを書いてみたというわけです。
●平野さん、ありがとうございました。ではここからは平野さんのレポートとさせていただきます。
(編集部I)
平野レポート「Denon 110 Anniversary DL-A110を聴く」
1910年に初めて国産蓄音機をこの世に出して110年を迎えたオーディオブランド・デノン。それを記念して110周年記念モデルが発売され、早速カートリッジDL-A110を試聴できるチャンスに恵まれた。モデル名こそ、110であるが、内容は、MCタイプではスタンダードであるDL-103 に専用ヘッドシェルを組み合わせたものである。
製品は、黒レザー調のケースに組上げられて収められている。DL-103は周知の如く、その再生音は、フラットで癖が少ない標準的な再生音が特色である。
専用ヘッドシェルは、かつてDL103専用の業務用ロング・アームDA-302/303に付属していたもののスタイルを踏襲しているが、標準サイズのトーンアームに合うようにコネクター部分が延長されている。カートリッジ取り付け位置は固定であり、DL-103背面にある窪みにはまり込むような仕組みでねじ止めされている。従って、アームによっては有効長によってトラッキングエラー角度が合わないものがあるので注意されたい。但し、アナログなので一応、音は出る。
試聴は、LINN LP12にSME3010Rを組み合わせたターンテーブルシステム。イコライザーには合研ラボのGK05CR。トランスにはDenon AU-S1。ヘッドアンプにはSony HA-55を使用。比較試聴用にDL-103+PCL-5。針圧はともに2.2gとした。トーンアームのSMEはご存じの如くアームベースがスライドするために、トラッキングエラーはほとんどのカートリッジでアームベースを移動させれば修正されるが、このDL-A110は、そのままのSME純正ヘッドシェル(SMEのシェルもネジ位置固定でアームのスライドベースにより前後を調整する)で調整されている位置で、そのままアライメントの調整ができた。
↑平野さんのご自宅のシステム
結論から申し上げれば、DL-103の色付けの無いフラットな特性は継承しながら、強固なヘッドシェルとの固定によるものか、音質は、通常のDL-103+PCL-5の組み合わせより、DL-A110の方が引き締まり音像をよりクリアに描いてくれる。また、ヘッドアンプか昇圧トランスかの違いも、音質の中庸は維持しながらアルバムの録音によって変化する。
早速Art Farmerの”Maiden Voyage”から再生してみる。このアルバムは、1983年にNew YorkのA&R Studioで、3M Digital Recorderによって録音されており、Art Farmerのフリューゲルホーンを中心にPiano, Bass, Drumsそしてストリングスから構成されている。Quartetの演奏とバックのストリングスのバランス。そして弦楽器の定位に注目したい。
通常のDL-103とAU-S1との組み合わせでは、昇圧トランスの音とあって耳あたりのよいソフトな音となるが、全体的に音像は甘くなる。次に、HA-55に交換するとこのヘッドアンプ特有の明るくカチッと締まった音になるが、まだ多少、靄(もや)が抜けない再生音である。次にDL-A110で、AU-S1を使うと音像は明確になり、Bassも締まりが出る。背景のストリングの音は柔らかいのだが奥行きがあまり感じられない。HA-55に変更すると全体的に音が引き締まり、明るく透明度が上がる。同時に、Drumsのシンバルも輝きを増し、フリューゲルホーンも本来の金管楽器の艶とボケ感がバランスする。
次にDL-A110+HA-55の組み合わせで、Kandace Springsの”The women who raised me”から、”Angel Eye”を再生してみる。このアルバムは、2019年に録音されたもので、詳細は無いがいわゆるマルチトラックでの「一発録り」で、Piano, Bass, Drumsのトリオを基本に、曲によってSax、Guitarなどが加わる。全体的に地味な音で統一されており、それぞれのバランスを保ちながらの再生は難しい類の一枚である。” Angel Eye” は、トリオに加えて、GuitarとNora Jonesが加わる。KandaceはWurlitzerのエレクトリック・ピアノを。NoraはSteinwayのアコースティック・ピアノを弾いている。最新のディジタル録音なのでスッキリと収録されているが、その透明感とピアノのアタックの鋭さ。締まったベース。そしてドラムスのシンバルの輝きなど密度高くDL-A110は再生してくれる。Kandaceも途中で首を振りながら歌っている様子が見える。
最後はDonald Fagenの “The Nightfly”。このアルバムは音の良いアルバムとして有名な一つである。アルバムは1982年にリリースされ、マスターは、3Mの32トラックと4トラックのDigital Recorder を使って50kHz/16bitで録音されている。
“Nightfly”であるが打ち込み系の切れの良さ、コーラスとメインボーカルのバランスなど、従来の103では今一つ引き締まらなかったものが暴れずにタイトに表現される。恐らく、音源が硬く切れ込み良く作られているために忠実に再現されたものだろう。余韻の表現も素晴らしい出来である。
Art Farmer “Maiden Voyage” (Interface/日本コロムビア) YF-7073
Kandace Spring “The women who raised me” (Blue Note) B00316902
Donald Fagen “The Nightfly” (Warner Brothers) 9 23696-4
全体を通じて、音的には多少硬い方向で再現される。ただし悪い意味での硬さではなく、タイトに締まり良く聴かせるタイプである。恐らくカートリッジとシェルの結合部分がかみ合うことによって遊びがなくなり、ストレートに音が再現されるためと思う。また、ヘッドアンプかトランスかによっても音は変わるがトランスの場合は、芯がしっかりした中でも、ふくよかな音を聴かせてくれた。録音にもよるがクラシックにはトランスの方がしなりの良い音を響かせてくれる。一連の試聴で、標準機的なDL-103をベースに専用ヘッドシェルに固定することで、密度の高い再生音を得ることが出来た。
カートリッジは使用機材、ターンテーブル、トーンアームでも大きく音が変わるので、あくまでも私個人のシステムでの一つの評価としての参考に留めていただきたい。
注意事項:DL-A110は、ご紹介の通りオルトフォンSPUの如くカートリッジのヘッド位置が固定されており、従来のシェルの様に位置の調整が出来ないので、SMEなどのアームベースが可変のもの以外のアームによってはアームの設計通りのトラッキング角度が得られない可能性もある。購入を検討されている方は、事前にお手持ちのアームとの相性を確認していただきたい。
平野一夫
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