レコーディングエンジニア古賀健一氏インタビュー「Xylomania StudioでAVC-A110を導入した理由」
以前デノンブログで愛用のヘッドホン「AH-D5200」について語っていただいたレコーディングエンジニア古賀健一さんのXylomania Studio(シロマニアスタジオ)に、デノンのAVアンプ「AVC-A110」が導入されました。デノンオフィシャルブログではその導入理由や、Dolby Atmos作品の制作が行えるXylomania Studioなどについてインタビューしました。
古賀健一 プロフィール
2005年青葉台スタジオに入社。2013年4月、青葉台スタジオとエンジニア契約。2014年6月フリーランスとなり、上野にダビング可能なスタジオをオープン。2019年 Xylomania Studio LLCを設立。バンドだけでなく、和楽器、Jazz、アイドルなどオールジャンルをこなす。レコーディング、ミックスのみならず、新人バンドのサウンドプロデュース、ディレクション、ライブPA、5.1chサラウンドミックス、マスタリングまで手がける。幅広い人脈を生かしミュージシャンのブッキング、レコーディングのトータルコーディネイトも多数行う。
古賀さんがデノンオフィシャルブログに登場いただいたエントリー
マルチチャンネル再生の方がライブ会場のサウンドに近い
●古賀さん、デノンオフィシャルブログへの再登場、ありがとうございます。今回はご自身のスタジオXylomania Studio(シロマニアスタジオ)にAVC-A110を導入いただいたということで、お選びいただいた理由などをうかがいに来ました。
まず、そもそも古賀さんはなぜサラウンドやイマーシブなどの立体音響に興味を持たれたのでしょうか。
古賀:僕は田舎育ちなんですけど、オーディオに憧れを持っていて、東京に来たらいいコンポを買うぞと思っていたんです。それで上京した時に秋葉原に行ったんですよ。
そのときAVアンプコーナーで初めてAVアンプを見たんです。なんかスピーカーがいっぱいあってかっこいいと思いました。その時は普通のコンポを買いましたが、いつかAVアンプを買おうと心に決めました。それ以来ずっとサラウンドには興味を持っていたんですけど、音響の専門学校にはサラウンドの授業は全くありませんでしたし、青葉台スタジオに入っていよいよサラウンドの勉強ができると思ったのに、2チャンネルばかりでサラウンドの仕事は1回もありませんでした。
当時はバンドが多くて、ライブのミックスの仕事はたくさんあったのに、誰もサラウンドにしようという話をしなかったですね。それで自分で秋葉原にAVアンプを買いに行って、5.1チャンネルにして、自分がやったライブミックスの素材をAVアンプに入れてサラウンドミックスの練習をしていたんですよ。当時のAVアンプにはプリインがあったので。
●独学でサラウンドミックスの練習をしたということですか。
古賀:そうです。とにかく経験がないのでどうしたらいいのかも分からない。当時SACDでマルチチャンネル収録のソフトなどが増えていたので、それを聴き漁って、こんな表現があるのかと思いながら勉強しました。エリック・クラプトンとか、スティングとか、上原ひろみさんの音源も素晴らしかったですね。音だけでこんなに表現できるんだっていう感動があって、音楽でサラウンドをやりたいと思うきっかけになりました。
↑古賀さん愛用のデノンヘッドホンAH-D5200
●音楽再生におけるマルチチャンネルにはどんな可能性を感じたのですか。
古賀:たとえばライブでいえばマルチチャンネル再生、サラウンド再生のほうがライブ会場に近いサウンドになります。だからライブの臨場感がそのまま伝えられます。こんなに臨場感があるのに、なぜディレクターも、エンジニアも、アーティストも、誰もやらないんだろうって本当に疑問でした。
●古賀さんが最初に手掛けた立体音響はどんな作品はでしたか。
古賀:映画『ソラニン』の演奏シーンのアシスタントがサラウンド制作に関わった最初でした。そこで映画でのセリフ収録やサラウンド・マイクなどを見せてもらいました。
本格的な音楽作品ではチャットモンチーが2人になった時のZepp Tokyoでのライブミックスです。この作品が僕のサラウンドミックスの始まりでした。
アーティスト名:チャットモンチー
タイトル:変身TOUR’13@Zepp DiverCity
●その後はどんなサラウンド作品を手掛けたのですか。
古賀:その後何度か「サラウンドでやりましょう」と提案しても「誰が聴くの? ホームシアターなんてファンは持ってないよね」などと言われてしまって、結局チャットモンチーから10年も空いて、フォーマットもイマーシブのDolby Atmosになったところで2021年のOfficial髭男dismの「Universe」でDolby Atmosのライブが実現しました。
アーティスト名:Official髭男dism
タイトル:Universe [CD+Blu-ray Disc]
Dolby Atmos作品が制作できるスタジオをDIYで作る
●Xylomania Studioは古賀さんご自身のスタジオですよね。Dolby Atmos対応のスタジオを作ろうと思ったのはどうしてですか。
古賀:直接のきっかけは、一昨年アメリカのハリウッドのレコーディングスタジオを見学したことです。1、2週間ぐらいかけてハリウッドのレコーディングスタジオやダビングステージ、スコアリングステージを見せてもらいましたが、多くのスタジオがDolby Atmosに対応した改修をはじめていました。
振り返って日本を考えるとDolby Atmosができるスタジオはまだまだ限られていて、MAができるスタジオは増えていますが、音楽に特化したDolby Atmosのスタジオは日本にはまだほとんどないということに気づきました。これは誰かがやらないと日本はまた技術的に世界から取り残されると思い、まずは自分がやるしかないなと。
↑9.1.4チャンネル構成のXylomania Studio
●今後Dolby Atmosなどの立体音響による音楽作品は増えてくるとお思いですか。
古賀:そう思います。もうすでにTidalやAmazon Music HDが3Dの音楽配信を始めています。特にTidalは立体音響に力を入れているので、これからどんどんコンテンツは増えていきます。そしてこのままだと3D音響に日本人アーティストは誰もいないという状況に陥るのは明らかです。だからこそできるだけ早くはじめるべきだと思いました。
Dolby Atmos MusicについてはDolby Japanのサイトをご覧ください。
●それにしても個人のスタジオとは思えない本格的なDolby Atmosのスタジオですね。
古賀:僕みたいな若輩者が新しいことをはじめると、なにかといろいろ言われがちなので(笑)、どこからも文句が出ないような完璧なDolby Atmos環境を作ろうと思いました。わからないところはDolby Japanの中山尚幸さんに相談し、さらにDolby Atmosのシステムアドバイザーとしてサウンドデザイナー/レコーディングミキサーで数々のスタジオ構築も手がけている染谷和孝さんに入ってもらいました。それと、もう一つはスタジオ施工会社を使わずDIYでスタジオを作るというチャレンジもしています。
●なぜDIYでスタジオを作るのですか。
古賀:僕には目標があって、それはスタジオから独立していく若いエンジニアやこれからの音楽家に、地方でも気軽にマイ・スタジオを持てるようにすることなんですね。さまざまな事情で東京以外に住む人でもクオリティが高いコントロール・ルームを持てるようにしたい。そして自分自身も東京以外でもっとレコーディングをしたいという希望があります。
そこでスタジオや音響専門の会社を運営している村田研治さんに協力いただき、スタジオ施工会社を使わずにクオリティの高いコントロール・ルームを作るという挑戦をしました。村田さんは元々レコーディグエンジニアでして、多数のオーディオルームのルームチューニングの経験をお持ちです。
その知見をベースにしてオーディオルームの自作キット「マトリックスキット」という製品を開発しています。Xylomania Studioでは、そのマトリックスキットをよりシンプルにし、誰でも組み立てられるように改良してスタジオ造りに応用しています。
↑6°の傾きを持つ特殊な加工が施されたツガ材が使われた天井面と壁面。
古賀さんのXylomania Studioについては、「サウンド&レコーディングマガジン」に連載されている古賀さんご本人による記事に詳しく掲載されています。ぜひご覧ください。
サウンド&レコーディングマガジン「DIYで造るイマーシブ・スタジオ 古賀健一」
AVC-A110の導入で、最良のコンシューマー環境でのモニタリングを可能に
●今回Xylomania StudioにデノンのAVアンプ「AVC-A110」を導入したのはどうしてですか。
古賀:今お話ししたような流れでDolby Atmos対応のレコーディングスタジオを構築しましたから、じゃあAVアンプは何を置くのか。やっぱりしっかりしたいいものでなきゃダメですよね。それでデノンの田中さんにご相談したところ、AVC-A110といういいAVアンプがありますよとご紹介いただきました。
●AVC-A110にした決め手は何だったのでしょうか。
古賀:もちろんデノンですから音質への信頼はありましたが、まず15chのプリアウトというスペックにびっくりしましたね。世界的にもこれより上のAVアンプはほとんどないんじゃないでしょうか。実は今後Xylomania Studioでもサブウーハーを2本にしたいと思っていますし、トップスピーカーも6チャンネルにしようと思っています。そんな時、AVC-A110ならカバーできます。
↑Xylomania Studioに設置されたAVC-A110
●AVC-A110は具体的にはどんな使い方をされていますか。
古賀:ここはDolby Atmos対応といっても制作環境しかないので、NetflixやTidal、Amazon Musicを聴きたいと思うとデコードするプレーヤーが必要になります。そんなときAVC-A110を使っています。
また今後ですが、コンシューマー用の小さなスピーカーを置いて、コンシューマー環境でのモニタリングも可能にしたいと思っています。通常のサラウンドやイマーシブの制作環境ってプロ用の大型モニタースピーカーを使って、ベースマネージメントを使わない環境でモニターしています。でも実際のお客さまのリビングで再生されるとどう聴こえるのか、もっと小さいスピーカーで構築したホームシアターではどう聴こえるか、これらが確認できるような環境も用意する予定です。
Official髭男dismのDolby Atmosライブを鑑賞
この後、編集部IはOfficial髭男dismのDolby Atmosライブ作品「Universe」をマスターで観賞させていただきました。立体音響の醍醐味が堪能できる、素晴らしいライブ作品でした。コンテンツとしての「ONLINE LIVE 2020 – Arena Travelers -」については、編集部がDolby Atmosでライブを試聴するコンテンツを制作予定です。ぜひそちらをご覧ください。
また、「サウンド&レコーディングマガジン」には古賀さん執筆によるOfficial髭男dism Dolby Atmosレコーディングの様子が紹介されています。そちらもぜひご覧ください。
Official髭男dism配信ライブDolby Atmosミックス 〜【第9回】DIYで造るイマーシブ・スタジオ 古賀健一
本取材が終了後、古賀さんは都内某所で行われる「Official髭男dism FC Tour Vol.2 – The Blooming Universe ONLINE -」の収録の準備を行うということで、同行をお許しいただきました。古賀さんのお仕事ぶりの一端が垣間見えるスナップ撮影を行いましたのでご紹介します。
↑オンラインライブをDolby Atmos収録するための特別な中継車が会場に横付けされていた。
↑中継車中にはDolby Atmosのレコーディングが行える録音環境が構築されている。
↑Dolby Atmos収録用に作られており、車内の天井に4基のトップスピーカーが用意されている。
当日収録したライブは【ファンクラブ限定オンラインライブ】として4/18(日)20:00に配信予定です(※4/25(日)23:59までアーカイブ配信あり)。詳しくは下記のリンクをご参照ください。
Official髭男dismファンクラブ限定オンラインライブ
「Official髭男dism FC Tour Vol.2 – The Blooming Universe ONLINE -」
(編集部I)