オノ セイゲン+サウンドマネージャー高橋対談vol.2 「AVC-A110は低域の立ち上がりが圧倒的に速い」
日本を代表するプロデューサー/録音エンジニア、オノ セイゲン氏が主宰するサイデラ・マスタリングにデノンのAVアンプ「AVC-A110」が導入されました。デノンオフィシャルブログではオノ セイゲン氏とAVC-A110の開発時、サウンドマネージャーであった高橋佑規との対談をシリーズでお送りします。第2回はAVC-A110のインプレッションについて。
※オノ セイゲンさんと高橋佑規との対談はリモートで行われました。
オノ セイゲン氏、AVR元サウンドマスター高橋対談の第1回はこちらです。
サイデラ・マスタリングでは2台のAVC-X8500Hを導入
●サイデラ・マスタリングにはAVC-X8500Hが2台導入されています。その導入理由を教えてください。
オノ:2台必要なのはイマーシブ・オーディオの制作現場としてです。5.1chSACDは2000年から制作していますのでマルチチャンネルアンプは導入済みでした。5.1chサラウンドやイマーシブの音を制作するには、まず第一に常にいいお手本となる作品のいいところだけを何回か聴きます。それ以上のお手本はありません。SACD、Blu-ray、ストリーミングでも映画でも音楽でもリスニング環境を整えて。
ホームシアター用は最新のデコードやポテンシャルを見てこのタイミングでデノンのAVC-X8500Hに入れ替えました。なぜAVC-X8500Hを選定したのかというと、まずはマルチチャンネルで原音に忠実なこと。音楽制作現場では、作っている音に色がつくのがいちばん困るんです。スピーカーとの組み合わせであくまで原音に忠実であってほしい。デノンのAVアンプは原音に忠実なサウンドでした。そしてもう一つは各チャンネルの出力が揃っていることでした。モノアンプは揃えるのが価格も含めてけっこう大変なのです。よく聞くのは5.1.4ですね。
サイデラ・マスタリングに導入されたAVC-X8500H
高橋:AVC-X8500Hも私が設計を担当させて頂きましたので、お褒め頂き光栄です。デノンのAVアンプは全チャンネル同一クオリティがポリシーで、AVC-X8500Hには同一クオリティのアンプが13基入っています。理にかなった選定だと思います。
高橋佑規(ディーアンドエムホールディングス 白河ワークスよりリモートで参加)
●なぜ2台のAVC-X8500Hが必要なのですか。
オノ:そしてAVC-X8500Hはアナログ入力は7.1しかありません。Blu-rayなどソフトの再生だけなら1台で大丈夫。制作するには、7.1以上のチャンネルのために2台めのAVC-X8500Hが必要です。サイデラ・マスタリングで使うスピーカーは数が多くて、13.2や15.2chチャンネルの入出力が必要なんです。AVC-X8500H は1台で7.1チャンネルのアナログインプットがありますから、足りないch分を2台目のAVC-X8500Hで再生します。2台のAVアンプにスピーカーを物理的に切り替えられるスピーカーパッチベイを高橋さんと作りました。高橋さん、ありがとうございました。
本対談は撮影を除きリモートで行われました。撮影はサイデラ・マスタリングにて
高橋:最初にパッチベイのお話を頂いたときには、こんな使い方のアイデアがるのかと目からウロコでした。スタジオでの豊富な経験値からくるアイデアですね。2台のAVC-X8500Hをこのように上手く使いこなされていて本当に驚きました。また7.1chの入力は、ボリウム→パワーアンプと最もシンプルな経路なのでコンテンツ制作においても最適な使い方だと思います。
サイデラ・マスタリングで使用されている、高橋制作によるスピーカーのパッチ盤
オノ:今年からさらにイマーシブ・オーディオの制作現場が増えます。いわゆる商業スタジオだけでなく作曲家やクリエーターが自宅で簡易にでも7.1ch以上のシステムを組みたい場合は、これで簡単にできますからオプションでメニューにいいですね(笑)。もっとも99.8%のリスナーには不要ですが、コンテンツ制作にはマルチチャンネルのスピーカーが必要です。
●AVC-X8500Hに入れ替えた時の音の印象はいかがでしたか。
オノ:それまでのフルデジタルのAVアンプより良かったです。まあ時代も違います。主にアナログ入力用のパワーアンプとして使っていますが、普通アナログのマルチチャンネルアンプって音量を合わせるのが大変なんですが、AVC-X8500Hは2台のアンプを鳴らす時もデジタル表示で合わせておけばレベルがピッタリあう、出荷時の調整が完璧!で非常に使いやすいです。
高橋:レベルの精度の高さについては回路設計によるものですね。ギャングエラーや減衰量誤差等、厳しい基準をクリアした設計としていますから調整の必要はありません。また、デノンの音作りの基本コンセプトとして「ストレートデコード」というものがあります。これはDSPでデコードする際に色づけしないことですが、デノンのAVアンプはDSPだけでなくアナログ回路も含め全プロセスにおいてストレートで色づけのない音を目指しています。シンプルに作るのは実は非常に難しいのですが、シンプルにすることで安定性や信頼性が向上しますので、やる意義はあると考えています。
AVC-A110の特長は「低域の立ち上がりの速さとレスポンスの良さ」
●2021年1 月にはサイデラ・マスタリングにデノンの新たなAVアンプのフラッグシップモデル「AVC-A110」が導入されました。AVC-X8500Hとはどんな点が違いましたか。
オノ:一番の印象は、低音の立ち上がりの速さとストレスのなさですね。そこが一番違います。
高橋:AVC-A110の低域の量感について評価いただいたのは非常に嬉しいですね。私自身も開発にあたり、一番こだわったところが「低域」の深さと立ち上がりでした。
サイデラ・マスタリングに導入されたAVC-A110
オノ:具体的には何をどう変えたんですか。コンデンサーですか。
高橋:今回の開発ではコンデンサーだけではなく様々なところに改良を加えていますが、やはりその中でもパワーアンプの電源に使用するコンデンサーが最も大きな要素です。電極箔の引張り強度を一番緩くして、電解紙の巻きのテンションもこれ以上ないところまで緩くすること、またコンデンサーのケースの中に固定剤を一切入れないことで、最も低域が出るセッティングにしています。ただしダルダルとした緩い低域ではなく引き締まった低域にしたかったので、構造的にアンプ筐体の重量や剛性を上げることで低域の量感を改善しています。
●低インピーダンス化は低域に関係ありますか。
高橋:非常に重要なポイントですね。AVC-A110ではアンプ周りの基板パターンの銅箔材や、スピーカーからコンデンサーまでのリターンのポイントの銅箔材を2倍にして低インピーダンス化を図っています。またパワーアンプ内部でも信号ラインの抵抗値を極力小さくするチューニングを行いました。これらによって俊敏さやスピード感が出ますし、低域に関してもより正確な表現ができるようになったと思います。他にもいくつかのアイデアを入れていますがスピード感があって締まった低域を出すために、一番重要なのはやはり物量です。筐体の重量を上げて、脚も非常に重量のある鋳鉄製のものに換えています。
↑AVC-A110発表会資料より
オノ:なるほど、そうなんですね。プロのアンプ設計者として理論と測定が最優先なのは当たり前として、高橋さんはギターも上手いし、ギターアンプも自作する方なので、フィジカルにも理論通り以上の音がデフォルメなく鳴っているか?そういうところも信頼しています。スペックやパーツを見せられて「これ高額ですが材料でこんなの使ってるからすごいですよ」と言われて期待以上の音でない場合に、返す言葉に困ります。まあ、こちら側もそれを鳴らしきれてないという問題もありますが。僕はその場ですぐいい結果が欲しいのです。エイジングしたらと言い訳されてもねえ(笑)。
高橋:制作現場の生の声はとてもシビアですね。今回のAVC-A110は実際にコストをかけて多くの物量を投入しているわけですが、最終的に自分の感性を信じて作った音をそのように評価頂いて嬉しいです。ありがとうございます。
●いまAVC-A110の脚の話がでましたが、スタジオの機材も脚が工夫されているようです。
オノ:このスタジオはコンクリートで基礎を厚く打ってあって、フローティングの床ではなくその基礎に直接機材を置いているので振動がありません。アンプなどの機材の脚の下にはヒノキやコンクリートの板を敷いていますが、板も重さや堅さがちがう様々な木材を用意してあって、それらを組み合わせて使っています。材でも音が変わるし、敷く順番でも音が変わるので、ここは試行錯誤しながらいつもいい組み合わせを探しています。
高橋:面白いですね。私も以前にスタジオにお邪魔した時に様々な素材を見せて頂きました。レコーディング機材の振動や徹底されていること、また取り分け音の反射に対する対策にこだわっていらっしゃる所には驚かされました。今もAVC-A10が最良の状態でセッティングされていると思います。
↑サイデラ・マスタリングの機器は基礎のコンクリートの上に直接板材などを置いて設置されている
●音の瞬発性、スピード感についてはいかがですか。
オノ:AVC-A110のレスポンスに関してはデジタルアンプと間違えるぐらい速いです。逆に今のプロのスタジオはデジタルアンプが多いので、このぐらいの速さが出ないと使えません。
アナログアンプはやっぱり大きい音になるとコンデンサーに電流を供給する速さが足りないという問題が出てくることが多いです。音としてはちょっと詰まった感じがするとか。でもAVC-A110ではそのストレスは全く感じません。
高橋:やはり、制作現場の要求のレベルは高いですね。私も情報量の高い録音、再生については瞬発力、スピードが重要なファクターだと思います。あと、セイゲンさんの作品は空間の表現力も素晴らしいのですが、聴いていて一番感じるのが低域の音の作り方、ちょうどいい低域の締り具合なんですよ。膨らまない、ぼんやりとしない、過不足ない低域なのですが、艶やかさとか情報量の多さを感じます。今のお話を聞いていると、やっぱり制作現場でのこだわりというのが、そういったところに現れていると思います。
●ありがとうございました。パート3ではイマーシブサウンドへの取り組みやマスタリングについてうかがいます。
Profile
SEIGEN ONO(オノ セイゲン)
レコーディングエンジニアとして「坂本龍一/戦場のメリークリスマス」、ジョン・ゾーン、アート・リンゼイ、デイヴィッド・シルヴィアン、マンハッタン・トランスファー、オスカー・ピーターソン、キース・ジャレット、マイルス・デイビス、キング・クリムゾン、渡辺貞夫、加藤和彦、今井美樹(2015「Premium Ivory-The Best Songs Of All Time-」のマスタリング)など多数のアーティストのプロジェクトに参加。1996年「サイデラ・マスタリング」を開設。CD、SACDなどのマスタリング、ミキシング、ライブ、DSDレコーディグ、立体3Dサラウンドについても各オーディオ規格の当初から取組み、DSDライブストリーミング、音響空間のコンサルティングなども手がける。またアーティストとしては1987年に日本人として初めてヴァージンUKと契約。同年、コム デ ギャルソン 川久保玲から「洋服が奇麗に見えるような音楽を」という依頼によりショーのためにオリジナル楽曲を作曲、制作。
(編集部I)