映画「卒業」のサウンドトラックを支える名人たち
いよいよ年度末。今週は前半から卒業式らしき服装の学生の方々をたくさん見かけました。「ああ、卒業かぁ」と思うと、自然に頭の中でアコースティックギターのイントロが聞こえてきます。もちろんサイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」です。
卒業というと、サイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」をどうしても連想してしまいます。
もちろんその理由は、1967年に公開されたアメリカンニューシネマの名作であり、
名優ダスティン・ホフマンの出世作でもある映画「卒業」の主題歌だったからです。
印象的なアコースティックギターのアルペジオによるイントロ、そしてポール・サイモンとアート・ガーファンクルの美しいハーモニー。
まさに映画も音楽も不朽の名作だと思います。
「卒業」の凄いところは主題歌の「サウンド・オブ・サイレンス」だけでなく、
「スカボロー・フェア」「4月になれば彼女は」「ミセス・ロビンソン」など、サイモン&ガーファンクルの中でも、
特に素晴らしいナンバーが使われており、しかもそれぞれが映画のシーンに合わせてうまく組み合わされ、
音楽との相乗効果でシーンがとても印象的になっている点です。
たとえば「ミセス・ロビンソン」のギターのリズム。
主人公のベンジャミン(ダスティン・ホフマン)が恋人エレン(キャサリン・ロス)を奪い返すべく
スポーツカーを飛ばして結婚式会場に向かうものの、途中でガス欠になってしまうシーンでは、
アコースティックギターで掻き鳴らされていた軽快なリズムが、車がエンストするのに合わせて、
ギターのリズムもスローダウンして止まってしまう、という粋な演出がされています。
また、ミセス・ロビンソン(アン・バンクロフト)との不倫のシーンなどで何度も流れる「4月になれば彼女は」は、青年のピュアな心から、
失われていく切なさと葛藤が、平凡なセリフなどよりも切実に表現しているように思えます。
しかし、なんといってもこの映画で一番印象に残るのは、やはりラストシーン。
教会で、花嫁であるエレンを略奪する、あの有名なシーンではないでしょうか。
「恥知らず」と罵る大人たちを教会に閉じ込め(十字架を閂(かんぬき)がわりにして教会の扉をロックしてしまうところに深い意味を感じます)、
ウェディングドレスのままのエレンと普段着のベンジャミンが手に手を取って道へ飛び出し、通りかかった路線バスを停めて飛び乗ってしまいます。
そしてバスの一番奥の席に座り、安心した二人は無言で見つめ合って微笑み、ハッピーエンドとなるわけですが、
若い恋人たちは、そのままニコニコしているわけではありません。
すぐにすこし大人びた表情で、まっすぐに前を見つめます。
この瞬間が、彼らの「卒業」であり、私はこの映画で一番素晴らしいシーンだと思います。
そして笑顔が消えたタイミングで「サウンド・オブ・サイレンス」が流れ始めます。
真顔になった二人の長回しのシーンではギターと歌だけで1コーラス。
次の場面では、走り去るバスの後ろ姿となってエンドロールに繋がるのですが、
そのシーンへの切り替えのタイミングで2コーラス目となり、
そこからドラムとベースがフィルインで入ってきます。この絶妙なタイミングとドラムのグルーブ感が実にカッコよく、
「ああ、音楽がよく分かってるなぁ」と深く感じ入ります。
ちなみに、このサウンドトラックのプロデューサーはテオ・マセロです。ジャズ好きな方ならピンと来たかもしれません。
テオ・マセロは長年マイルス・デイヴィスのレコーディングに関わったプロデューサーであり、
70年代のいわゆる「エレクトリックマイルス」の時代は、マイルスから全権委任を受け、
膨大なレコーディングセッションのテープを編集して曲にしたり、
アルバムに仕上げたりしたジャズ界きっての凄腕プロデューサーであります。
また「卒業」の中で、いわゆる劇伴系の音楽やダンスシーンなどで使われるインストルメンタルの音楽を作っているのが、当時デビューまもないデイブ・グルーシンです。
デイブ・グルーシンはこの作品で高い評価を受け、その後は映画音楽だけでなく、
1980年代にはキーボーディストとしてリー・リトナーや渡辺貞夫などと共演し、
さらにはフュージョンのレコードレーベル「GRPレコード」を創設して社長も務めるなど、
後年フュージョンシーンの巨匠として名を成すことになります。
「卒業」のサウンドトラックを支えているのは、サイモン&ガーファンクルの音楽はもちろんですが、
その魅力を最大限に引き出したテオ・マセロの卓抜したプロデュースワークや、
デイブ・グルーシンのアレンジの冴えといった名人芸も、実は一役買っているのです。
もし機会があれば、サウンドトラックの完成度に注目しながら、もういちど「卒業」をご覧いただきたいと思います。
アーティスト名:サイモン & ガーファンクル
アルバム・タイトル:卒業-オリジナル・サウンドトラック
ソニーミュージック
(Denon Official Blog 編集部 I)